(劇場版)ヴァイオレットエヴァーガーデン ネタバレあり感想

少し遅くなってしまいましたが、観てきました。

 

まずここ数年、否応なく人の生き死にというものを考えざるを得ず、ヴァイオレットエヴァーガーデンもまたそのテーマを取り扱っている作品の一つであるように思う。

 

もちろん作りものだということを理解したうえで、尚且つ劇場版からの出演となるキャラクターにおいてはものの数十分の付き合いである。

 

にもかかわらず、ヴァイオレットエヴァーガーデンという作品はなんのためらいも許さずに深く人々の心を揺り動かし、彼らの人生のほんのひとさじにしか過ぎない光景を実に効果的に提示してくるのだ。

 

TVシリーズの第10話がその良い例であろう。

 

30分にも満たない少女アンと、その母親とのやり取りは、涙無しには語り尽くせない。

 

私の落涙トレーニングプレイリストにも当たり前のように追加された。

 

アニメ史に残るエピソードの一つだ。

 

今作はそのアンの孫にあたる人物を動機として物語が展開されていく。

 

詳細は映画を観ていただくとして、

 

本映画における最大の目玉が

 

ヴァイオレットとギルベルトとの再会

 

である。

 

TV版で彼は死者として扱われていたのだが、予告からもお分かりのように、劇場版においてギルベルトが生きている事が発覚してしまうのだ。

 

 

 簡単に映画の結末を話すと、

ギルベルトから再会を拒まれ続けるが、最後の最後で二人が無事に再会をし、ずっと探していた

 

”愛してる”

 

を知りハッピーエンド

 

となるのだが、個人的には少し腑に落ちなかった。

 

理由としては、元々ギルベルトの兄により連れて来られたヴァイオレットは少女としては異常な程の戦闘能力を持つ反面、人間的な心の部分が大きく欠如していた。

 

見かねたギルベルトが彼女の人間らしさを芽生えさせるために色々と思案をし、作中でヴァイオレットが度々思いを馳せていたブローチなどを送っている。

 

そんな中、敵との交戦中に瀕死となったギルベルトから

 

”愛してる”

 

と告げられるも、未だ完全に人の心を持ち合わせていない彼女には、その意味が理解できない。

 

ヴァイオレットも両腕が吹き飛ぶほどの重傷を負い二人は散り散りとなる。

 

そうして戦争が終わり、行方知れずとなったギルベルト(戦死したと思われていた)が残した、

 

”愛してる”

 

の意味をヴァイオレットが様々な人間の色々な出来事を通して探していく物語。

 

これがヴァイオレット・エヴァーガーデンである。

 

...........と..思っていた。

 

前置きが長くなってしまったが、私が映画の結末に不満を抱える要因がここにある。

 

TVアニメ版においてヴァイオレットは様々な出会いや出来事を通して人の心というものに触れてきた。

 

その結果があの10話で見せた、抑え込むことが叶わない心の底より湧き出た涙ではなかったのだろうか?

 

あの場面から私は、形は違えども

 

”愛してる”

 

に対する明確な芽生えを感じた。))

 

人を思い、慈しむ。

 

あぁ、こうやって少しずつヴァイオレットは感情を手に入れていくんだな。

 

少佐から与えられた愛してるを、新たな人生の様々な人の中から少しずつ発見していくのだろうなと。

 

けれど違った。

 

結局最後は少佐が残した

 

"愛してる"

 

を、少佐が教える結末になった。

 

じゃあアニメでやってきたことは何だったんだよおおおおおおおおおおおおぉ